スポンサーリンク

髪を切っていない話

2020年1月15日

僕は髪を切りに行くのがあまり好きではない。

美容室でカットしてもらうとお金が結構かかるのもあるが、それ以上に美容師との会話が苦手なのだ。正直、この世で一番面白くないものは【美容師との会話】か【素人のラッスンゴレライ】と決まっている。そもそも美容師と話すことがない。趣味も会うわけでもなければ、高校が同じでもない、【他人 of Red】なのだ。

そのうえ髪型に特にこだわりがない。なので美容師に「ツーブロックとかしますか?」「襟足は刈り上げますか?」「前髪は流します?」とか聞かれるとわからなくて『イィーーー!!』ってなる。かと言って何も答えないわけにもいかないので「もうちょっと全体的に短めで」などと言おうものなら「こだわりもないクセにケチ付けてんじゃねぇよ」の視線が容赦なく刺さる。毎回それに怯えながら、美容室に向かっていた。なんでそんな緊張しながら行かなくちゃいけないんだよ。

時間を少し戻すが、僕は小学6年生までは家で母親に髪を切ってもらっていた。毎回決まって土曜日だったと思う。ブラウン管のテレビにコナンの犯人が映っていたのを覚えている。

初めて美容室に連れて行ってもらったのは小学校の卒業式ごろだった。

小学6年生の僕にとって、美容室のおしゃれさは刺激的で新鮮だった。

「あの椅子はなんだ?」

「ポケモンのエプロンは無いの?」

そんな驚きに包まれながら、僕は小6で【美容室童貞】を卒業した。これが遅いのか早いのかはそれぞれの価値観で測ってほしい。とにもかくにも、僕はそこからそのお店に7、8年ほど通っていた。当時純粋無垢だった小6の僕も、今ではすっかりでん六の海味鮮を食べながらジンジャーエールを飲む体たらくな生活を送るような大学生になってしまった。

僕が高2くらいの時に、僕を担当してくれていた美容師が独立した。と言っても、同じ県内なのでそっちのお店に行くという選択肢もあったが、車も乗れないので元のお店で新たな美容師に切ってもらっていた。

その美容師が、個人的にはハズレだったのである。見た目は【”偽”湘南乃風】。ガチ湘南乃風だったらいいのだが、何せ偽物の見た目なので胡散臭い。ただし髪型については席に座って「短めで」と言えばぱっつん気味だがいい感じに切ってくれて、髪型についての会話で変に緊張しなくてもいいので楽だった。

問題は通常の会話だった。僕が「お笑い好き」ということは知っているので、お笑いの話題を振ってきてくれる、それはありがたいのだが、それがことごとく逆撫でするような話し方だったのだ。たまにいる、そういうタイプ。

それでも我慢して通っていたのだが、決定的な出来事が起きた。

ある日いつものように髪を切ってもらっていたら担当してくれている偽湘南乃風が「俺、モノマネできるよ」と言い出した。

うわーーーーーーーーーーーーーーーーーー

危なーーーーーーーーーーーーーーーーーーい

「自ら「モノマネできます」という奴にろくなやつはいない」と、かのガガーリンも地球を見て言っていたらしい。

恐る恐る聞いてみた。

「なんのモノマネですか?」

「クレヨンしんちゃん」

うわーーーーーーーーーーーーーーーーー

帰りたーーーーーーーーーーーーーーーーい

「自ら「モノマネできます、クレヨンしんちゃんの」という奴にろくなやつはいない」と、かのガンジーも暴力をふるいながら言っていたらしい。

かと言って、中途半端ヘアーで飛び出すわけにも行かないので、仕方なく偽湘南乃風による【生命力が20%のクレヨンしんちゃん】を見せつけられた。苦笑いの難しさを知った。

一応帰りに次の予約は取ったが、行かなかった。


そして今、その予約日が過ぎ、髪の毛が伸びている。と言っても、目にかかるかかからないかの瀬戸際に前髪が位置しているぐらいで、バンドマンのように視界を遮るほどは伸びていない。

その状態で、大学の所属しているサークルの部室でおしゃべりしていた時のことだった。
昼休みが始まって20分経ったところで、3回生の先輩がモコモコの緑の上着を羽織って息を切らしながら部室に入ってきた。モコモコの緑の上着って何?とその場にいた後輩4人は前歯辺りまで出かかったが、さすがに言わずに胸に留めた。先輩は部室に置き忘れていたものを取りに来たらしく、すぐ部室から立ち去って行こうとしていた。部室の扉を開け外に出ようとした先輩に「お疲れ様です」と言おうとしたその時、先輩から聞いたことのない一言が発せられた。

「あれ?髪、伸びた?」

逆タモリ】だった。普通「髪切った?」の時にしか髪型に対する質問というのはないはずなのだが、先輩からは「髪、伸びた?」という生理現象を確認する質問が寄せられた。

いや待てよ。先輩は僕の髪の毛は短くなっていくものだと思っていたのかもしれない。それだったら納得がいく。もしかしたら、僕のことを【頭部だけベンジャミンバトン】という特性の持ち主だと思っていたのかもしれない。だったら髪の毛が伸びてきたことに対して驚くのも無理はないだろう。

「いや、そりゃ伸びるでしょ」

残念ながら僕は至って普通に髪が伸びるので、当たり前のアンサーしか返すことができなかったが、アンサーを返した時にはもう扉が閉まっていた。

髪は伸びっぱなしだったが、扉によって僕の発言がカットされてしまった。

その日、すぐに別の美容室を予約した。

タイトルとURLをコピーしました