2019年12月18日
その日は直属の先輩とサークルのOB(8歳上の芸人)の3人でご飯を食べに行こうとなった。
そのご飯会はOBから誘われたものだったのだが、誘い文句が「ちょっと会いたいねんけど」だった。
「ご飯に行きたい」ではなく「会いたい」
8歳上の2回しか面識のないOBからの「会いたい」は確実に【ねずみ講の開幕宣言】だと思ったが、だからと言って断るわけにもいかず結局行くことになった。
夜の8時に恐る恐る指定の駅で待ち合わせ先輩とOBと合流した。
そして恐る恐る聞いた。
僕「ご飯食べに行くんですか?」
OB「とりあえず車に乗ろうか」
完全に【サスペンスのきっかけ台詞】だった。
僕はそのまま恐る恐る車に乗り込み、出発を待っているとようやく「お腹空いてる?」と聞いてきて安堵した。結局、駅から徒歩1分の駅前商店街にある大衆食堂に車で行くことになり変な遠回りをした。
その大衆食堂の外見は「とんねるずのみなさんのおかげでした」でやっていたコーナー「きたなシュラン」で取り上げられてもいいような汚さで、営業しているかどうかも分からないような店だった。
入ってみると、外見で想像した通り床は茶色く光っているし、ボロボロのじいさんしかいないし、やたらと多いメニューが壁に張り付いていた。
老夫婦2人で切り盛りしている、昭和感溢れる食堂だった。
その光景に圧倒されながら3人が席に座ると、おばあさんがやってきて空のグラスを持ってきた。
「お茶を持ってきますね」
そういっておばさんは奥から何のひねりもない2Lのペットボトルに入ったお茶を、完全にキャップの外れた注ぎ口を握りながらやって来た。
そのお茶をそれぞれセルフでグラスに注ぎ飲んだ。
ただ、あまりにもお茶とグラスが汚すぎたため、味覚を置き去りにして臭いが嗅覚に先制攻撃を仕掛けてきた。
完全に初めての経験だった。
この店に入ってから『衛生』という言葉を頭から消していたせいで、3人ともただただ笑いながら「なんか、いいっすね」とだけ言っていた。
「いいわけないだろ」
その時の僕たちは頭がおかしくなっていたのかもしれない。
そのあと僕はきつねうどん、先輩は肉丼、OBは親子丼を頼み、歩く度におばさんのエプロンのポケットから聞こえるパンパンに入った小銭の音を聞きながら料理の提供を待った。
提供を待つ間しばらく無言が続いた。OBが僕をご飯に誘ったのはやはり何かを言うためだということには気づいていたが、OBも緊張してなかなか切り出せずにいたようだった。
そうこうしているうちにそれぞれ注文していたものが届いた。
僕の器は何ともなかったが、先輩とOBの器は持つとねちゃねちゃしていたらしい。
しかも手を離すと何もついていない。
そのことでも3人とも笑いながら「映画みたい」と言っていた。
「そんな映画ないだろ」
僕たちははっきりと頭がおかしくなっていた。
しばらく僕は可もなく不可もなくのきつねうどんを食べながら、OBが話を切り出すのを待っていた。
そしてきつねうどんを半分くらい食べ終えたあたりでOBが口を開いて、僕に緊張が走ったと同時に何かしらの商品を高値で売り付けられるのを覚悟した。
OB「今日お前を呼び出したのは、今度地下ライブでネタをやるからそれに出てほしいねん」
僕「え?」
ねずみ講よりタチが悪いと思った。
さすがに急すぎる話に僕も戸惑い、「僕にネタをしろってことですか?」と聞いたら「そうじゃない、演出で出てほしい」と言われた。
安堵と同時に「ネタ以外で出させられる」という新たな恐怖がやってきた。
ここからはOBの言葉を一言一句そのまま書きたいと思う。
OB「ネタの流れを言うと、
まず俺らコンビが漫才で出ていくねんけど、俺が等身大の人形を5体ぐらい身体の前につけて出て行って『友達が出たいって言ってたから連れてきた』って言うねん。
で、相方が怒ってその人形をちぎって舞台上に投げ飛ばす。
『やっと漫才できるな』ってなんねんけど、俺がネタを飛ばす演技して相方が『お前ネタ飛んでるやんけ』ってツッコむ。
『どうしよ~』ってなってるところに『全身黒タイツの人間が10人くらい客席から出てきて歌を歌う』ねんやんか。
で、その歌の一節で俺がネタを思い出して『漫才しよか』って言ったら『もうええわ』って相方がツッコんではける
っていう流れやねんけど」
僕「はい」
OB「お前に『全身黒タイツの人間が10人くらい客席から出てきて歌を歌う』役をやってほしい」
緊張をして損をした。
「ねずみ講」ではなかったにしろ『不利益の被る勧誘』という点では完全に「ねずみ講」と同じだった。
僕ははっきりとこう答えた
「嫌です」
後にも先にも8歳上のお願いを食い気味で断ったのはこれで最後だろう。
OBが「そうか。どうしよっかな~、同期全員に頼んだけど断られたしな」と言っていて、思わず「そりゃそうでしょ」と言ってしまった。
後にも先にも8歳上の独り言を食い気味でツッコんだのはこれで最後だろう。
店に入ってからずっと「スカッとJAPAN」が爆音で放送されていた。
店の雰囲気、OBのお願い、爆音テレビ
なにもスカッとしなかった。