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【駄文】『今のテレビって全然面白くないよね~』という発言に関して、自分の心の中にいるあばれる君と考えてみた

感想・レポ

極めて稀、というわけでもなく定期的に知り合い、もしくはツイッターで耳にする言葉がある。

今のテレビって全然面白くないよね~

自称テレビっ子の自分としてはこの言葉を見たり聞いたりした時に毎回モヤモヤとしたものが生まれていた。

その都度自分の中にいるあばれる君がはっきりと

「自分はそうは思いません!!」

と断言してくれるのでなんとかモヤモヤを解消することができていたが、『今のテレビって全然面白くないよね~』という発言に一回も納得したことはなかった。

毎回【モヤモヤvsあばれる君】で解決してしまっていたため最近までは「なぜ『今のテレビって全然面白くないよね~』という言葉にモヤモヤするのか?」については深く考えてこなかったが、さすがにそのままにしておくわけにもいかないので、とりあえず自分の中のあばれる君に自粛要請を出し、この言葉から生まれるモヤモヤについて深く考えることにしてみた。

そこで分かったことがある。

比較しないこと

実はこの『今のテレビって全然面白くないよね~』という言葉は世代によって文頭に隠れてる言葉が違ってくる。

例えば30代から上の世代が使う『今のテレビって全然面白くないよね~』というのは、

『(昔のテレビに比べて)今のテレビって全然面白くないよね~』

という言葉が隠されている。

一方、10代や20代の【若者】と呼ばれる人たちが使う『今のテレビって全然面白くないよね~』というのは、

『(YouTubeに比べて)今のテレビって全然面白くないよね~』

という言葉が隠されているのだ。

もしこんなことを面と向かって言われたら、さすがの自分も心の中で鬼束ちひろの「月光」が流してしまうだろう。

鬼束ちひろ – 月光

あばれる君(ブチギレモード)になってしまう。

ただ、今まで心の中のあばれる君が「自分はそうは思いません」と言っていたのは、これらの発言に対して

『昔のテレビ”よりも”今のテレビの方が面白い!!』

『YouTube”よりも”テレビの方が面白い!!』

という”逆”の意味での反論したいのではなく

『どっちも面白い/面白くないでよくない?』

という意味で言っていたのだということも分かった。


最近、過激なワイドショーとかが増えてきて世間全体に「【白】か【黒】かを分けなければならない」みたいな風潮がものすごくあるように思う。

「賛成」vs「反対」

確かに「政府について」だとか「国際問題について」だとか社会的な問題についてはこの対立構造で議論した方がより良い意見が生まれる可能性がある。

ただ、この「今vs昔」だったり「テレビvsYouTube」で対決したところで、お互いの言い分だけが飛び交って何の意味もなさないただただ不毛な議論になる。

自分はたまたま【お笑いが好きな若者】なので「昔のテレビの方が面白い」という意見も「YouTubeの方が面白い」という意見もわかる。

たけし・さんま・タモリに始まりダウンタウン・ウンナン・とんねるずがお金のかかったド派手な演出や巧みな話術でお茶の間を沸かしていた昔のテレビも面白い。

いつでも、どこでも、誰でも投稿・視聴が可能で今や子どもの憧れの職業にYouTubeがランクインするなど日常生活に溶け込んできているYouTubeも面白い。

だからと言って、この2つの面白いが「今のテレビが面白くない」の根拠になるわけではない。

最近だったらくりぃむナンチャラの「第2の鈴木亮平選手権」、有田ジェネレーションのムラムラタムラ、あちこちオードリーの東野幸治ゲスト回なんかはのたうち回るぐらい腹を抱えて笑ったし、大爆笑ではないが金曜日のソロたちへは斬新すぎて記事まで書いたほどだ。

今のテレビが面白くないわけがない

もちろん「面白くない」と思ったら「面白くない」というのは当たり前だ。

ただ見ている番組がたまたま面白くなかっただけかもしれないし、たまたま自分が面白いと思うものだけを見ていたかもしれない。

今のテレビ昔のテレビYouTubeラジオその他すべての媒体面白いものもあれば面白くないものもある

テレビやラジオなどのメディア媒体だけではなく、音楽、演劇、映画などのエンタメ全般に言えることである。

感性は人によって違う。

全部が面白い、なんてことはありえない。

https://times.abema.tv/posts/3247860

もういい加減何かを褒めるために何かを貶すのはやめませんか?

心の中の桑田真澄がいい感じに締めてくれた。

(文:つちへん feat.あばれる君【in my heart】)

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