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“何も起こらない映画”「架空OL日記」を飽きずに観れた理由【感想・考察・レビュー】

感想・レポ

*この記事ではネタバレを含むため、映画を観てから読んでください。

バカリズムが仕掛けた壮大な”ウソ”

芸人バカリズムが2006年から3年間「銀行勤めのOL」のフリをしてネット上で書いていた日記。

それが書籍化され、「素敵な選TAXI」(フジテレビ系)で脚本家バカリズムの評価が上がり2017年日本テレビ系で「架空OL日記」がドラマ化された。

そして2020年、とうとう一人の芸人が書いたウソの日記が映画化された。


「架空OL日記」の書籍は持っていないが、ドラマは毎週欠かさず見ていた。

バカリズムが”バカリズムのまま”女性として日々を過ごす斬新さに加え、会社の仲間役に夏帆、臼田あさ美、山田真歩、佐藤玲と豪華な女優陣を起用。

それにもかかわらずただただ更衣室でおしゃべりしたり、近所のお店でご飯食べたり、ジムに行ったりとドラマ特有の派手さは微塵もなく、存在しない架空のOLの日常を映しているだけだった。

ドラマはめちゃくちゃ面白かった。

が、映画となると約2時間ものあいだずっとOLの日常を見せられる、これには正直飽きてしまうのではないか、と思っていた。

派手さもない、迫力もない、感動もしない、映画に大事な要素が欠けすぎている、とも思っていた。

しかし、実際映画を観てみると一切飽きることはなく、途中でこらえきれず笑い声を漏らしたりしながら約2時間があっという間に過ぎ去った。口角はずっと上がったままだった。

では、なぜ派手さもない、迫力もない、感動もしない映画を飽きずに観られたのだろうか?

その部分に触れながら感想をまとめていきたい。

“何も起こらない”ように見せる

この「架空OL日記」の世界ではドラマ版でもそうだが、ずっと”何も起こらない“ように見せている。

先ほども書いたように一般的な映画は『起承転結』がしっかりしている。

その映画で伝えたいこと見せたいことを派手、迫力、壮大などありとあらゆる演出で盛り上げる。

「世界を揺るがす大事件」「宇宙人の侵略」「強大な敵に立ち向かう」

映画でよく見る宣伝文句で、実際も怒涛の展開で観客を飽きさせることなく進行していく。

しかし、それに比べて「架空OL日記」はどうだろう?

食堂のおばちゃんが新しくなる

駅前にイタリアンのお店が出来た

コンセントが足りない

映画史上最もくだらない内容だろう。

ハリウッド映画やその他の映画と比べると、大した事件も起こっておらず展開に山が無くすぐに飽きてしまうように思う。

実際に約2時間という上演時間を見た時に自分もそう思った。

ただ観終えた感想としては、それは「ハリウッド映画やその他の映画と比べると」の話だと感じた。

「架空OL日記」の登場人物にとっては

【コンセントが足りない】=【宇宙人の侵略】

ぐらい大事件なのだ。

つまり、この「架空OL日記」は”何も起こらない“風を装った大事件連発映画である。

芸人バカリズム×脚本家バカリズム

とは言っても、”何も起こらない”風を装うのは容易なことではない。

一歩間違えれば、ただただ起こっていることを羅列する「くだらないOLの世間話」になりかねない。

その問題点を解決するのが【芸人バカリズム】の一面である。

ピン芸人として一人コントやフリップネタでR-1ぐらんぷりにも4度決勝進出し、毎年行われる単独ライブもチケット即完と人気と実力の両方を兼ね備えている。

そんな【芸人バカリズム】が今脚本家として注目されている理由の一つは、やはりピン芸人で培われた「独自の視点」にある。

バカリズム – – – 「順位に関する案」/『バカリズムライブ番外編「バカリズム案3」』より

日常の中にあるものに独自の視点を加えることで、笑いを生み出している。

今回の「架空OL日記」でも、普通あまり題材としては扱わないが日常にありふれている「電源タップ」や「イヤホン」などのテーマで会話劇を展開している。

そのくだらなさでずっと笑っていられるし、その切り口だったら確実に笑わせられる「順当な笑い」とその切り口か!と意表を突いてくる「裏切りの笑い」がバランスよく配置されているため単調にならず、飽きずにずっと見ていられるようになっていた。

「独自の視点」が”何も起こらない”風を可能にしていたのだ。

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また、【脚本家バカリズム】としての才が表れていた部分があった。

それは今回の映画で何度か話題にあがった「スポンジ」というワード。

「給湯室のスポンジの泡が残ったまま」という議題を提供し、一つの笑いを生み出したうえに最初から最後まで使うアイテムとして「スポンジ」を選択することで「あくまでもこれは日常の延長ですよ」と印象付けることができている。

そして映画の最後、OLとしての升野英知が消えるシーンがある。

これにより今まで描かれてきた出来事全てから升野の存在だけ消えたのだが、今回「給湯室のスポンジの泡が残ったまま」の犯人は升野だった。

最後まで仕事仲間には打ち明けなかったが、升野が消えたことでそのスポンジ事件自体消えてしまっている可能性がある。

升野は架空の人物ではあったが、
「たった一人の存在で話す内容や行動が変わってしまうこと」
「人がいなくなるということ」
「忘れ去られるということ」
などさまざまな考察が可能となったり、間接的にではあるが「いなくなる=死」という考え方も出来なくない。

映画のテーマに加え深く考えさせられる要素も含まれていたとすれば、それを同時に結び付けられる【脚本家バカリズム】は本当に凄い。


映画館で見るべき

これらのことがあって、結局最後まで飽きることなく「架空OL日記」を観終えることができた。

【芸人バカリズム】と【脚本家バカリズム】の良さを同時に味わうことができて、豪華女優陣の普段は見れない緩い演技が見れる。正直、夏帆、臼田あさ美、志田未来とタイプの女性が出ているのでそれだけで満足。

主題歌の吉澤嘉代子「月曜日戦争」のアコースティックverには君島大空が編曲に加わり、深みが出ていた。


「架空OL日記」はスクリーンで観るほどのものでは決してない。

しかし、一つ言えることがある。

わざわざスクリーンで観るものではないものをスクリーンで観ているバカバカしさは他では味わえない

後にも先にも“何も起こらない”OLの世間話を大きなスクリーンで見れたのは、「架空OL日記」限りだろう。

(文:つちへん)

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